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有賀コンサルタントは現場主義に徹した、ISOコンサルティング、安全・衛生コンサルティングを通じて、現場を変革します。

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社長のブログ(2019年1月~12月)

2019/12/4 「The Art of Racing in the Rain」

今、オーストラリアから成田へ向かう飛行機の中。
映画を観て泣くなんて!!!
でもいい映画でした。

テストドライバー デニーと家族そして犬 エンゾ。
テーマは、失敗することより挑戦しないことが問題ということ!

デニーの妻がガンで亡くなり、子供の養育権が祖父母と裁判になり、不利な状況で妥協すれば一定の権利が得られたのに、最後まで争い勝った。
犬のエンゾが亡くなる前に、レーシングカーでコースを回るシーン。
モンゴルでは、犬が亡くなった時、耳元でささやいてあげると、人間として生き返るナレーションが出て・・・

そして数年後、ポルシェのドライバーになり、ファンに会うシーン。
その子の名前がなんと“エンゾ”
その子にレーシングを教える約束をする。
命の連鎖はつながる・・・
本当にそう思います。
今日会えた人々は運命のつながりの気がします。

今月のブログは、フィリップ島のペンギンにするはずだったのに、映画「The Art of Racing in the Rain」にしました。
最後まで、夢に挑戦しよう!
こんな気持ちになっています。

我が家のジジは7歳。
あとジジも10年かな、こんなふうにジジとなれたらいいな!

2019/11/9 「塩釜かき小屋」

11/3から11/4、仙台に旅行しました。
今回の旅行の目的は、3つありました。
(1)犬のジジの列車旅行をレベルアップする。
(2)牛タン、かき(牡蠣)を食べる。
(3)Kさんにお会いする。

(1)の目的
以前に新幹線の中で見た犬を入れるザックを購入しました。
妻は少し大きいかもといっていましたが、私は少し小さいくらいのように思いました。
ジジはザックの中で丸くなっていましたので、丁度いいのかもしれません。
仙台への行きの電車では、少しくんくん鳴きましたが、帰りは慣れて鳴かなくなりました。
帰りはけっこう寝ていました。順応力があります。
ただ長野、大宮では30分位の時間をとり、駅の外でウォーキングをしました。
これならかなり遠くまで行くことができることを確認しました。

(2)の目的
牛タンはニッポンレンタカーの方に教えていただき、仙台駅の近くの「牛たん若」で食べました。
お昼時なので、10人ほどの行列ができていました。
10年ほど前に食べた牛タンのほうが感動した気がします。
歳をとると、美味しいものを食べているので感動が少なくなるのだと思います。

塩釜のかき小屋 翌日は、Kさんとホテルで落ち合い塩釜のかき小屋に行きました。
写真のようなセットです。
11月のかきは産卵して小さくなっているとのことで、ビックリ!
確かに前よりは腹いっぱいの感覚はありませんでした。
3月頃が一番大きくなるとのことです。
左手に軍手を着用し、右手にこじ開ける小さなナイフをもってかきの殻を開けます。
上の殻と下の殻の境目が分かりにくい!
要はそれらしい箇所をこじれば、ナイフが殻に入ります。これは少しコツがいります。
問題は殻が空いた時、中の熱い汁が軍手にかかり、アチチチ・・・!
確かに少しこぶりですが、美味しいです。
食べることに専念すると会話も途絶えぎみです。
こんなに食べると翌日の下痢が心配ですが、下痢にはなりませんでした。

かき小屋の後は、Kさんの提案で近くの塩釜市場に行きました。
そういえば10年位前まで、この市場のお店から年末のお歳暮「酢だこ」を取り寄せていました。
なんて店だっけ???
でも歩いているうちにたこ専門店の名前で思い出しました。
丸八商店、見つけました!!!
お店のご夫婦の顔は思い出せませんが、このお店です。
今年のお歳暮、一部ここからにしようと決意しました。
過去を懐かしむ歳になったのですね。

(3)の目的
Kさんとの再会。
前にお会いしたのはいつ?
1日目の夕方、仙台駅東口で待ち合わせしました。
その日は仕事の後でしたので、スーツ姿です。
バリバリ仕事をしているのだろうなと感じました。
3人で近くの居酒屋「こちらまる特漁業部」で飲みました。
ここは娘の旦那様の紹介です。
後で紹介のメールを見て、ほや食べてなかった・・・!
過去をふりかえる新しい旅の形だった気がします。

2019/10/11 「あおり運転」

今月上旬、諏訪インターの近くの飯島の信号で、あおり運転に遭遇しました。
あおり運転で逮捕されている新聞報道もありますが、まさか自分が遭遇するとは思いませんでした。

松本に行くために、飯島の信号を右折しました。
少し無理な右折でしたが、対向車のトラックがゆっくりだったので、思い切って右折しました。
右折してすぐの平安堂の入口で、運転席側の窓でバイクのドライバーが怒鳴っています。
何か分かりませんでした。

諏訪インターの右折車線で私の車の前で止まり、方向妨害しています。
どうも「進路妨害をした、警察に通報するぞ!!!」と言っています。
私には本当に、身に覚えがなく、交差点ではバイクは見えませんでした。

私の車は、トヨタの86ですので、言いがかりをつけたとしか思えません。
右に行けば妨害し、左に行けば妨害する。
その時、車外に出てはいけないと冷静に考えました。
不思議とそのドライバーは、車体には絶対に触れませんでした。
その時、確信犯と思いました。

後ろには車が渋滞しています。
分かった、空いたところで話し合おうというようなジェスチャーをしたら、
すっと左側が空きました。
そこで前進し、そのまま高速の入口に到達でき、そのまま高速に入ってしまいました。
バイクの運転手は、バックミラーで見ると入口で停車しているようです。
あ~~~ よかったと、一安心でした。

でも近くの人なら、またどこかで遭遇しそうで心配です。
その夜、妻とその時の話をすると、
世間では、あおり運転に遭遇する機会がたくさんあるようです。
私達の社会が不満に満ちて、はけ口を求めている人が増加しているのではないかと思います。

審査で伺う会社にはベトナム、ミャンマーの方々が働くようになり、
20年前からかかわっている企業は、従業員が半分になり、
一方で、一部の成功した企業は、いろいろな会社をM&Aして大きく成長している。
私達の回りは格差が拡大しています。

今年のテクノファでの労働安全衛生の能力開発コースで、元ⅠT企業の技術者の方が次のように言っていました。
「同一賃金同一労働なんて夢だ。そうなる前にアウトソースするから何も変わらない」
ソフト業界では、10年前からそんなことは実施している。
つまり、その部分は違う会社にアウトソースするということです。
今社会で推進している「働き方改革」は、とても実現が難しいと感じています。

先週のISO45001審査員コースの受講者は、60歳前後でこれからの人生の方向性を模索している方々でした。
いろいろなリスクがあるが、挑戦することにより未来が開けるとアドバイスしました。
何もせずに、待つことが悪いとアドバイスしました。
厳しい格差社会で、どのように生きていくか、たくさんの人々が悩んでいることと思います。
あおり運転遭遇から、厳しい現実を考えた次第です。

2019/9/6 「セーフティ2」

今は、新大阪からの帰りの新幹線の中です。

もう9月とは驚きですね!
たまには、本業で気付いたことを書こうと思います。
今日までの5日間も新大阪のホテルで、ISO45001審査員コースでした。
5人のいろいろな経験をもつ方々が参加していました。

ISO45001の労働安全衛生マネジメントシステムの中では、新しい言葉があります。
その中に「機会」という概念があります。
規格の解説で、「機会」は「安全衛生にいいこと」ですと、言い続けてきました。
でも今一得心していませんでした。

でも8月の中災防の雑誌「安全と健康」をみて、講義をする中で気づきがありました。
何かを読んで分かることと、自分で納得できることには大きなギャップがあります。
つまりそのことが説明できるかです!
私はこの「機会」について、他の人が納得できるレベルで説明できるようになりました。

中災防が発行している「安全と健康」8月号に、特集:「安全」をアップデートが掲載されていました。
内容はSafety-ⅠからSafety-Ⅱへという内容で、Safety-Ⅱとは、またむずかしい内容だなと感じました。
でも特集の第1章を書いた立教大学名誉教授の芳賀繁先生のネットの記事を調べると、次のようなものがありました。

SafetyⅠとは
・悪いことが起こらないのが安全
・人間の失敗が安全なシステムを危険な状態にする
・失敗の数を減らすことを目標にする
・失敗の下人を特定し、取り除くことで失敗の再発を防ぐ
・失敗しないやり方を決めて、それを守る
さらに
SafetyⅡとは
・変化する状況の中で成功を続ける能力が安全
・人間の柔軟性が危険なシステムを安全に機能させている
・成功の数を増やすことを目標にする
・失敗を理解するために、通常どのように成功しているかを理解する
・自分の頭で考えて臨機応変に対応する

Safety-ⅡとはIS45001でいっている、労働安全衛生でいいことを増やすことなのだと得心しました。
労働安全衛生の話題と最新のISOがつながって、小さな感動がありました。
いろいろな考えはつながっているのだと、改めて感心しました。

2019/8/13 「はじめての淡路島」

徳島からの帰り高速バスで、淡路島を通過したことはありますが、詳しく観光したことはありません。

リロ・バケーションの点数が消えるとの連絡からどこに行くか考えました。
仕事の空いている日と犬が泊まることができるホテルで検索すると、淡路島のリロ・バケーションが候補になりました。
5月の京都での教訓を考えると、車での移動はとても大変です。
そこで考えたのは、電車で移動してレンタカーという発想でした。

神戸まで行って、後はレンタカーです。
問題は、電車の中でのジジをどうするかです。
犬のバックに入れて、彼女(ジシ)がおとなしくできるか?
人間が大好きなジジだから、大丈夫とは思いますが・・・?

8/10、11、12と淡路島の旅行に挑戦です。
塩尻から特急しなのに乗り、名古屋から新幹線のぞみ。
バックから頭を出したいジジをなだめなだめ、楽しい電車旅行でした。

塩尻駅の5番線ホームで待っていると、前から歩いてくる老人は、見た覚えのある人・・・?
この顔は、日本電産の永守会長・・・?
少し目を疑ったのですが、間違いありません。
高そうなシャツ、高そうなスラックス、高そうな靴!
ネットで写真を検索して確認しました。
こんな金持ちが「しなの」に乗る?
お金に厳しい人だから、当然かと納得しました。
感心したのは、プラットホームを盛んに、端から端と何回も歩いていました。
高齢なので、健康のため歩いているのでしょう。
妻によると、靴底もかなり減っていて日頃から鍛錬しているのでしょう!
20分以上は歩いていました。
お付きは1人のみです。
高齢になった永守会長からすると、一番のリスクは「健康」なのでしょう。
1分1秒も無駄にしない・・・、さすがすごい人と感心しました。

鳴門の「うずしお」 圧巻だったのは、鳴門の「うずしお」でした。
確か、大学の時、四国旅行をして、なんだ大したことないやとの経験をしていました。
つまり期待していませんでした。

8月11日、大きい渦が見える時間は14:10出航の日本丸からであると妻が調べてくれました。
乗船した日本丸が450人の定員の大型船でした。
鳴門大橋の下に着くと、もう先行した小型、中型の船が渦の中にいます。
こちらから見ると、渦の中に巻き込まれている雰囲気です。
「すごい!」
学生時代の経験はなんだったのか?

いよいよ、私達の船が渦の中に入ります。
船内放送では、太平洋側と瀬戸内海側の海面差は1.5mであり、ビックリ!
実際に段差があり、太平洋側から海水が流れ込んでいるのがよく分かります。
あの小さな船だったら、すごい迫力なのに・・・!と感じました。

今回の旅行の目的は、ジジを連れての電車旅行の検証でした。
JRは手荷物280円で、金額は問題ないのですが、新幹線は大変でした。
頭をバックから出してはダメ!

それとお店での食事です。
だいたい犬はダメ、車の中は暑いし!
夏は難しいですね。
でも何も文句言わないし、旅行になるとけんかになりやすい夫婦の緩衝材でした。

2019/7/8 「完走達成」

7月7日、馬場馬術競技会A2科目無事に完走しました。

経路間違いもなく、大きなミスもなく、完走できました。
やったー!です。

競技会前日の土曜日に、仕事が早く終わったので、急遽ララミー牧場に行き、もう1回でいいからとアルディでの練習をお願いしました。
アルディは午前中の競技会に出ているから、ダメといわれましたが、どうしても、1回の経路をしたいとお願いしました。

どうしても右手前(右回り)駈歩(かけあし)が出なかったので、それを試してみたかったのです。
木、金曜日とずっと、“左足を引いて、右足で力を入れる”を頭で何回もシュミレーションして復習していました。その成果を確認したかったのです。
でも、ちっともうまくいきません。
あ~~もうダメだと思いました。

女性のT先生から、次の貴重なアドバイスをいただきました。
・駈歩の前から、右くるぶしをあてて(押さなくていい)準備する
・少し後傾になり(手綱をゆるめず)
・馬の頭が駈歩の位置のところで、左足をゆっくり引く
軽く出ました!
でも、うまくいったり、いかなかったり・・・?

まだ一度も経路を通しで実施していません。
これで本番は大丈夫か???

競技会当日の7日、練習馬場で、T先生が前乗りしてあり、アルディの感度は最高です。
少し興奮ぎみ。
T先生いわく、“馬も競技会で興奮ぎみなのです”

競技馬場のとなりで、T先生の指導で最後のつめです。
経路をひたすら行うのでなく、経路の要所要所をうまく、つなげて練習できました。
さすがプロです。
最後に、競技馬場の周りを軽速歩(けいはやあし)で1周し、さらに入口の前で輪乗り、かなり落ち着きました。
“後は、有賀さん一人でがんばって下さい”と、ジーンとする言葉をいただき、競技馬場へ入場。

馬場馬術競技会A2科目で完走しました 敬礼して、スタート。
手綱を強く握っていたのでしょう、アルディは少し後退しました。
落ち着いて(ここがすごくよかった)、手綱をゆるめて、足で押します。
うまくスタートしました。
2周目で、もう一度3湾曲を行おうとして、おかしいと気づき、直前で常歩(なみあし)に落としました。
もう少しで、経路ミスをするところでした。
右手前の駈歩も出て、あとは順調に終わりました。
最後の敬礼をして、退場しました。
20人位、見学者がいて拍手をしていただいたようですが、全然わかりませんでした。
緊張していたのでしょう。

何にしても、無事完走できたことは奇跡に近いです。
T先生にも、今までで一番いい乗り方だったとほめていただきました。
T先生の前乗りのおかげと思っています。

6月は、たくさんのむずかしい仕事、そして乗馬の競技会がありましたが、すべて成功で終わりました。
“よくやった”と自分をほめています。

2019/6/23 「挑戦」

6月は忙しい月でした。
ISOの審査も2件ありました。
7月も忙しく予定が入っています。

そんな状況で、数ヵ月前から、乗馬仲間のWさんから、7月の馬場馬術競技会に出ようと言われていました。
初めは「エ~~」と言っていましたが、だんだんその気になり、長靴を買いました。
ISOでいう「いい機会」ということです。チャンスという意味です。

長靴は非常にカッコイイです。
既成品で足が入り「ピッタリで足が細いね・・・」とか言われると、そうかな~~と気分いいです。
でも馬場馬術競技会7月7日の前は忙しく、なかなか練習ができない状況です。
6月20日の午前中が空いていたので、練習に行くことにしました。
その後も、土日で3~4回しか練習できません。
大丈夫かなぁ~と心配です。

一応JEF馬場馬術競技A2科目の経路図は覚えましたが、それを実際にできるか自信はありません。
実施では、頭が真っ白になり、分からなくなる可能性があります。
以前、私よりずっと上手な女性が競技会で頭が真っ白になり、「もう絶対に出ない」と言っていたことを思いだしました。
試験とか競技会はいやなものです。
自分の能力を絶対的に評価されるわけですから!

今回の相方馬「アルディ」 馬は「アルディ」です。6月20日に初めて乗りました。
乗馬仲間に聞くと、軽い人気の馬でした!
私はいつも、風に弱い「アンバー」で練習していたので、初めての馬で、重い、動かない、駆足が出ず、自信喪失でした。これはだめだわ!という思いがつのりました。

6月22日に再度挑戦しました。
Wさんがシルバーで先導してくれたので、20日が信じられないくらい動きました。
これならいけると、競技会に出ることを決意しました。
今日(23日)、経路を一人で行いましたが、全然だめでした。
でも感覚はつかめました。

あと練習できるのは、30日と競技会前日の7月6日です。
失格しない可能性は50%かな。
でも残り2週間、練習できるのは2回だけですががんばります。

2019/5/19 「幸せの栗の木」

我が家の北側は、お隣の地主と東京に引っ越された地主の土地です。
東京に引っ越された地主の土地の一部は、妻が借りて畑をしていましたが、2年前から地主の都合で畑もなくなりました。
さらにその北側には違う地主の土地があり、少し複雑な場所です。

私達がお借りしていた場所以外は、地主がよく刈払機(草刈機)で草刈りをしていました。
3件の地主が隣接する場所の西側には大きな栗の木がありました。
毎年すばらしい栗がなります。
時々お借りしている土地に落ちた栗を拝借していました。

ある時、この3件の地主の丁度境界に栗の木が芽を出して成長しているのを発見しました。
3年位たち、なぜこの木だけが成長したのか不思議でした。
妻に相談すると、自分の場所に出た栗の木は、刈払機で除草されていたのだと言われ、なるほどと感心しました。
丁度3人の土地の境にあったのが、幸運でした。

栗の実が地面に落ちて、芽を出す確率は不明ですが、100%ではありません。
芽が出ても、毎年の除草で、刈られてしまいます。

新芽の出てきた栗ちゃん 私は、この3個所の境の栗の木を“幸せの栗の木”と命名しました。
その後、隣に弟が芽生えましたが、2年前に私達の借りていた土地も返却になり、管理者が刈払機で切断してしまいました。

そこで今年の10連休で、“幸せの栗の木”を救うことを決断しました。
つまり根から掘り鉢植えにするのです。
4/30に“幸せの栗の木”の半径50cm位にスコップを入れ、根切をしました。
太い根しか残らなくて、かわいそうな気がしました。
枯れたらそれも運命と!

連休明けも、“幸せの栗の木”の新芽はでません。
私は“栗ちゃん”と命名し、毎朝“元気!”と声をかけることとしました。

あ~枯れるかと思っていました。
しかし、ついに待ちに待った新芽が出てきました。
今は写真のように、すべての枝から新芽がでています。
あー私達の方法は間違っていなかった!

そこでこんなことを感じました。
人は生まれた境遇をなげくことがあります。
家は貧乏だとか、器量が悪いとか、頭が悪いとか・・・

自然界に生きるものは、自分をとりまく環境を受け入れなんと力強く生きていることか!
私も今の状況を受け入れ、いきいきと生きることが重要と再認識した、5月の10連休でした。

2019/4/19 「できる・使えるISO45001」が発売されました

「できる・使えるISO45001」
平林良人監修/有賀源司著/A5判256頁/定価3600円(税抜き)/日科技連出版社/ISBN978-4-8171-9669-9

購入方法:
1.通常の書店で購入する。
2.アマゾンなどで購入する。

2019/4/10 「ついにISO45001の書籍が出版できます」

「できる・使える ISO45001] 2017年12月に(株)テクノファの青木社長様からISO45001の本を書かないかとの打診を、川崎の中華料理屋でいただいたことを思い出します。
そんなことできる? と半信半疑でした。
振り返ってみると、よくできたと思います。
本を書くことは、本当に大変と痛感しています。

でもすごい成果です。
平成3年2月に労働安全衛生コンサルタントとして独立し、労働安全衛生指導を皮切りに、ISOコンサルタント業務、ISO審査員コースの講師とキャリアアップしてきました。
労働安全衛生コンサルタントは目の前のパフォーマンスを指摘して直しますが、マネジメントシステムの構築はパフォーマンスが悪いシステムの問題を改善することです。
これはうまく機能すれば、すばらしい成果につながりますが、成功している組織は少ないです。

今年も新入社員教育を実施しました。
私が大学を卒業して41年もたったのです。
当時の自分は、本当に頼りない存在だった気がします。
目の前のフレッシュマンは、すごくしっかりしています。

彼らに今年も、ピーター・ドラッカー「最後の詩」を贈りました。
次のような詩です。
「もう一度人生をやり直せるなら・・・・
 今度はもっと間違いをおかそう。
 もっとくつろぎ、もっと肩の力を抜こう。
 絶対にこんなに完璧な人間ではなく、もっと、もっと、愚かな人間になろう。
 この世には、実際、それほど真剣に思い煩うことなど殆ど無いのだ。
 もっと馬鹿になろう、もっと騒ごう、もっと不衛生に生きよう。
 もっとたくさんのチャンスをつかみ、
 行ったことのない場所にももっともっとたくさん行こう。
 ・・・・・(後略)」
まちがい、ミスを犯すことを恐れてはいないのです。
もっといろいろなことにチャレンジすることが大事なのです。
ピーター・ドラッカーは有名な経営コンサルタントですが、人生の終わりにもこんなことが言えるなんてすばらしいと思います。

書籍の出版にチェレンジした自分をほめたいと思っています。
これからいろいろな、苦言、提言が来ることと思いますが、落ち込まないよう前向きに取り組もうと改めて決意しました。

2019/3/1 「デザイナー コシノジュンコ」

ある雑誌に、コシノジュンコの記事がありました。
写真を見ると、“迫力あるおばさん”ですが?
その副題に、目がとまりました
「いかに貢献したか。生きる価値はそこにある」
そうだなーと感じました。
大金持ちになった、偉くなった、有名になった・・・とかではない!

デザインの原点は「整理すること」というのも、すごい。
今の日本は、町並みでもごてごてしている。戦前の日本は、もっとクールだったと言っていて、なるほどと痛感しました。

さらに記事は、次のように続きます。
「人生経験をある程度積んで、人生の果実を味わうのはこれからだ。
  本当のおしゃれができるのもこれから!
  それにはどこかに出掛けることだ。
  出掛けるのに同じ服だけでは、面白くない。
  おしゃれをすると、自分が楽しいだけでなく、周りにもいい空気が生まれる。」

「この先、目いっぱいおしゃれをして、ぜいたくな遊びをして、素敵な服を着て、
  おいしいものを食べて、行きたい所に行く。
  日本のことをもっと理解し、それを世界に広めたい。
  自分から発信して社会にどれだけ貢献したか。
  最終的にそれこそが生きがいだし、生きている価値はそこにある。」

なるほどと思うことばかりでした。
60歳を過ぎると、出掛ける気力がなくなり、おしゃれをする気概もなくなる傾向にあります。
どこかに出掛けるのも、おっくうになります。
それではだめなのですね。
むしろこれからこそ、いろいろな所に行き、いろいろ聞いて、いろいろ発信したいと決意しました。

2019/1/17 「今年のはじまり」

建設業の新年会に出席しました 今年もはじまり、17日がたちました。
もう24分の1は終わりました。
早いものです。

今年も建設業の新年会に出席しました。
安全祈願祭として、昨年の無災害のご報告とお礼をし、今年の無災害を祈りました。

祈願祭の祝宴で、宮司と隣り合わせになり、いろいろ面白いお話を聞けました。
それは諏訪大社の歴史です。
お聞きしたことをそのまま書きます。(聞き取りした内容なので間違いがあるかも)

大和朝廷の前には、諏訪大社が栄えていたというのです。
そのため全国には、地域の諏訪神社がたくさんあります。
そして当時日本の中心は、諏訪であった。
諏訪大社が栄えたころは、穀物が主食で、山肉を食べていた。

そこへ稲作の文化が渡来し、穀物の文化は減少していった。
さらに仏教が広まり、山肉を食べることは禁止され、減少していったとのことです。
最近は山に鹿が増え、山肉を食べることが復活しつつあります。
稲作が広まる前は、自然と共存する文化であった気がします。

このような大和朝廷の前後の歴史は、日本書記に書かれているとの話でした。
歴史の本は、後世の権力者が書き替えてしまうが、日本書記はいろいろな見方で書かれているとのことでした。
日本書記を読んでみたくなりました。

日本文化と欧米文化が比較されることが多いです。
日本文化は多様性を尊重する文化です。
これは言葉にも表れていて、英語は結論を明確に表現します。
ところが日本語は、修飾語がいろいろはじめに言われて、最後に結論が言われます。

でもこれって、仲良く暮らす極意のようにも考えます。
日本の多様性を尊重する文化は、日本書記の時代に形成されたのではと考えています。
つまり私達のDNAにしっかり埋め込まれているのです。
私達は、欧米になびくのでなく、多様性を尊重した考え、文化を世界に発信する必要があると考えました。

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